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鬱の基準と抗鬱剤

  週刊現代に面白い記事が掲載されていました。引用します。

題名「患者よ、クスリを捨てなさい」

目次「悲しいことは全部鬱」

 イーサン・ウォッターズ氏の言葉を引用しました。イーサン・ウォッターズ氏は、アメリカのジャーナリストでで「クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」の著者で知られています。

 

 

 「積極性や自己主張が評価されるアメリカでは悲しみ、落ち込みといった感情は好ましくないものであり、すぐに鬱病と診断されてしまいます。一方日本では、そうした負の感情も生きていく上で避けることのできない、時には必要なものであると考えられてきた。鬱の基準には、文化的な違いがあるのです」

 とあります。「悲しみ」といった負の感情はアメリカでは否定的、日本では必要的、ある意味では肯定的にと捉えられています。アメリカでは、鬱病と診断されても、日本では決して鬱病とは診断されない、すなわち、「鬱の基準」がアメリカよりも日本の方が厳しいことがイーサン・ウォッターズ氏の言葉から窺えます。

 

 

 「しかし、それでは日本では鬱病の患者が増えず、市場になりません。製薬会社にとっては都合が悪い。そこで彼らは「病的な鬱」と「自然な悲しみ」の境界線を操作することに決めました。」

 この部分の引用から次のことが言えるのではないでしょうか。

①製薬会社が恣意的に鬱の基準を下げ、鬱患者を増やした事

②それによる抗鬱剤の売り上げの増加

③意図的に患者を増やし、抗鬱剤の売上を増やそうとする製薬会社の利益至上主義の姿勢

 

  事実、抗鬱剤の売上げは5倍になり、2005年時点で1237億円に到達しています。

・鬱の基準を下げる

・鬱病患者を作為的に作り出す

・抗鬱剤の処方が患者に適しているか否かは問題視されていない

 それもかれも「金」のためですね。本当に恐ろしいことです。当然にことながら、素人は専門的知識がないので病気や薬のことなど分かりません。患者は、医者に比べ専門的知識がないため、どうしても対場が弱い。医者が薬を勧められればその薬が正しいかどうか分からないので、勧められるままに服用してしまう。

 

 

 資本主義社会は自由主義社会。強者はますます強者になり、弱者はさらなる弱者になる。この場合だと強者は「製薬会社」、弱者は「患者」に相当します。強者は基準、すなわち、ルールさえも自分の都合よいように変え、弱者はその事すら知らず、いつの間にか知らぬうちに強者の作り上げたルールに翻弄され、搾取されてしまいます。

 

 強者と弱者では何が違うか?

私は、正確な情報だと思います。この場合だと、「鬱の基準」を下げた事がそれに相当します。もっとも、素人には「鬱の基準」を下げたことなど分かりません。

 

 専門的知識のある医者が教えてくれるでしょうか

 無理ですね。医者がどの薬を処方するかは、製薬会社にとっては薬の売れ行きに関わる生命線、命綱です。製薬会社は、医者にもあの手この手で食い込んでいますし、そうこうしているうちにズブズブの関係になる。医者が製薬会社の薬を処方すれば、それが製薬会社の利益になるはずなので、何らかの利益(例;接待・講演料・研究開発費等)を医者に流すはずです。医者も人の子。自分にとってどちらが利益になるかどうかで動くでしょう。全てが全てではありませんが。製薬会社に顔が向き、患者にけつが向く。患者に製薬会社の不利益になる情報は絶対に教えないはずです。正確な情報を知ろうにも知ることができず、いつの間にかルールを変えられたことにすら気がつかない。多分、そうなるでしょうね。

 

 どうしたらいいか?

  膨大な情報か正しい情報を取捨選択し、その情報を基に判断する。日頃、そういった心がけ、意識を持ち続ける…..これが、この問いに対する回答なのではないでしょうか。漠然としていて、具体的な回答になっていませんね。裏を返せば、それだけ難しい問題と言えなくもありません。ブログを御覧の皆様はいかがお考えになられますか?

 

 今日のところはこのへんで。それでは。

 

たんぽぽ堂代表  苗村文江

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